大きくする 標準 小さくする

10周年記念式典にて

10周年記念式典のスピーチより

■柿の実サッカークラブ 初代代表 平田菜穂子さんのお祝いの言葉

本日は柿の実サッカークラブ、10周年記念おめでとうございます。
無事10周年を迎えられ、コーチをはじめ御父母の皆様に感謝をいたします。

卒業生の母としまして、
柿の実サッカークラブスタート当時の思い出をお話させていただきます。

10年ほど前の、多分秋の終わりごろの話です。
それまでは『ラピットスポーツクラブ』という、
幼稚園児から小学生を対象としたクラブに加入しており、
柿の実幼稚園の小さな園庭で練習していました。

その年の夏から秋にかけて、当時のコーチのお考えで、
子供達はいくつかのサッカー大会に出場しました。
『ラピットスポーツクラブ』のサッカー大会では、
柿の実チームは強く、いつも優勝していました。
しかし、初めて大きな大会に出場した子供達は、
それまで体験したことがない広いグランドでの試合に戸惑い、
体力不足と本格的に練習している他のクラブチームとの技術差により、
大量得点差で負け、初めて悔しい体験をしました。

そうした中、(本日は欠席されていますが)当時のコーチ達が中心となり
"柿の実チームを「地域のサッカークラブ」として活動していき、
子供達を強くし、もっと多くの試合を経験させたい"
という強く熱い気持ちをお話くださいました。

コーチ達の熱意に打たれ、賛同した十数名の母親の協力の下、
練習場も三輪小グランドに移し、新たに 柿の実サッカークラブ がスタートした次第です。
何もないところからの出発で、規約も他のチームの規約を借りて作ったり、
試合の引率も車ではなく、すべて電車・バスを乗り継いで行きました。

また、大学生だったコーチ達との連絡もままならず、試合直前までコーチが来なくて、
子供達でポジションを決めたりしたこともありました。
大変だったこと、楽しかったことと思いでは沢山あります。

柿の実サッカークラブ第2回卒業生は今年成人式を迎えました。
サッカーを続けている子、他のスポーツをしている子と皆それぞれですが、
原点はやはり柿の実サッカークラブにあると思います。

子育ての一時期を親子共に、サッカーという共通のものに熱中できたことは、
本当に忘れられない思い出です。
今後の柿の実サッカークラブ(現 K.S.C)のますますの発展、
コーチの方々のご活躍をお祈りし、
これからも今後の柿の実サッカークラブを応援していきたいと思います。
10周年本当におめでとうございます。



■十周年を迎えて 長澤 猛

K・S・C創立10周年、心よりおめでとうございます。

子供達のサッカーに対する大きな情熱によって、大学生と父兄の力を合わせ誕生した
手作りのチームが無事十周年を迎える事ができ、大変喜ばしく思います。

地域の方々や専修大学の学生達等の協力により現在では
百名以上のOBを輩出する程に大きく成長しました。
又、平成12年には、OBの父兄で構成された組織による
バックアップサポートシステムができ、
地域に根ざした活動が実りつつあり、今後更なる飛躍を感じさせてくれます。

実績面においても川崎市の大会で優勝1回・準優勝2回・ベスト4進出3回と
市内では強豪の仲間入りを果たし、
また神奈川県下では横浜Fマリノスを破りベスト8に進出する等、
充分な成績を収める事が出来ました。コーチとして「いいサッカーをさせたい」
チームとして「何かを成し遂げたい」という考えは、
創立当初から常にベースとしてありました。

しかし、何が大切なのか分かっているのにもかかわらず、未熟だった事もあり、
つい大声を出して時折、子供達を怖がらせてしまい、困惑させた事もありました。
それでも、創立当初からの思いがいくらかでも可能にできたのは、子供達を愛し、
長所を誉め、伸ばし、子供達と一緒に喜びあえたからだと思います。

これは私のポリシーの一つであり、
これまでの10年間の経験から出てきた答えでもあります。
更に節目の年としてこれからは、Jリーグの理念でもある
地域スポーツ振興の役割を末端から担う為にも、ただの勝敗だけにとらわれずに、
今年の高校サッカーのキャッチフレーズでもあった
「サッカーと生きていく」と思ってもらえる選手達を育成し、OBの君達にとっても、
「K・S・Cのグランド」が生涯スポーツの場になっていく事を目標としていきます。

これを実現できれば、きっとコーチとして最高の喜びを味わえることでしょう。
その為には、これからも子供達に希望を持たせ、目的を明確にし、
モチベーションを高めていく努力を図っていきたいと思います。

チームが十周年を迎え成長した様にOBの皆さんもさぞ立派になった事でしょう。
現在でもサッカーを続けている人は出来る限り高い目標を持って頑張って下さい。

また、サッカーから離れ違った事にチャレンジしている人も
自分の特徴を生かして頑張って下さい。
そして「K・S・C」の歴史を一緒に築きあげていく為に力を借して下さい。
 この10年を機に多くのOBの君達と会うのを楽しみにしています。
一部のOBと卒業の時に約束した「二十才になったら一緒にお酒を飲もう」
と言われた事もまだ果たされていませんので・・・

最後になりましたが、
チームの為にご支援して頂いた皆様へ心より厚くお礼申し上げます。



■十年を振り返って 青山 剛

K・S・Cが発足して10年が過ぎたなんて、
月日の過つのが早いものだと改めて感じました。

この原稿依頼が来てから、10年間を思い返してみると色々な事が頭の中を駆け巡りました。
この3年8ヶ月の間は、盛岡へと転勤となり、K・S・Cへ参加する事が出来なく、
特に強く印象に残っている事といえば、やはりK・S・C発足当時の事です。

発足当時を知るコーチや父兄の方も現役メンバーの中には少なくなったと思いますので、
ここでK・S・Cと私の出会いについて書いておこうと思います。

K・S・Cと私が出会ったのは、私がまだ学生で、
斎賀コーチと二人で大学の先輩に紹介されて、
アルバイトでラピットスポーツクラブへ入った時の事でした。

そこで担当となったのが柿の実幼稚園であり、またそこで出会ったのが、
K・S・Cの発起人?である山本さん・喜田コーチ・長澤コーチ・林さん・大庭さんの五人でした。
その先輩と父兄の方が、「ラピットスポーツクラブとは別で、土・日曜にサッカーの練習がしたい。
大会に参加したい。」という思いで作ったのがK・S・Cです。
(私がラピットスポーツクラブに入った時には、実質的にはまだ活動はしてなかったと思います。)

K・S・Cが活動を開始してからは、就職して間もなかったコーチや就職活動で忙しかったコーチ等、
コーチも不足しており実働部隊として私と斎賀コーチは毎週のように練習に参加していました。
「どうしてもコーチがいないので、明日行ってくれ。」と前夜によく言われたものです。

当時は、現在のようなしっかりとしたクラブ組織ではなく、父兄もコーチも大変な日々でした。
試合用のユニフォームはなんとかあったものの、練習用ユニフォームなどはなく、
ストッキング・サッカーシューズを履いて来る子供達は、半分位だったと思います。

当然サッカーのレベルの方も低く、基礎練習が主体であまり良い成績も収められませんでした。
今考えれば、当時の父兄・子供達には迷惑をお掛けしたと反省し、
この紙面をお借りして御詫びとお礼をさせていただきたいと思います。

そうしていくうちに、K・S・Cも今や立派なクラブに成長し、とても嬉しく思っています。
10年というのは、百の通過点に過ぎず20年・30年と続いていって欲しいと願っています。
遠くから見守る事しか出来ませんが・・・。
早く東京に戻り、また子供達と思いっきりサッカーができたらと、思っています。


■十周年を振り返って思う事 斎賀 三記央

柿の実サッカークラブ(現K・S・C)ができて早10年。
10年前というと私は大学2年生で、ちょうJリーグが始まった頃だったと思います。

その頃、自分の弟・妹と思っていた子供達が、
先日のOB会では、みんな私より大きくなっていてびっくりしました。
「10年間」という歳月を一言では言い表せませんが、
振り返ってみると色々な事が思い出されます。

設立して間もない頃は今ほど人数も多くなく、
1年~3年生・4年~6年生が同じ時間帯にグランド半分ずつで練習をしていました。
ユニフォームも揃ってなく、素足のまま靴を履いてサッカーをしている子もいました。
コーチも今日は誰が来るのか分からなかったり、一人だったり、遅刻したり、
その当時の子供達にとっては必ずしもいい環境でのサッカーをさせてあげられなかった、
本当に悪いことをしたなぁと今更ですが反省しております。

その反省とその時代の父兄の協力もあって、今では組織もしっかりし、
学生コーチも充実して子供達にとってサッカーをする環境はとてもいいのでは。
私は大阪へ転勤する前は特に低学年担当でした。

子供達はいつの時代も変わらず、無邪気でわんぱく。
練習の始めの頃は、皆元気がありコーチの言う事はよく聞くのですが、
時間が経つにつれ、おしゃべりをしたりケンカが始まったり砂いじりをしたりと。
ボールが当たっただけで泣く子もいました。

サッカー半分・遊び半分というところが、またかわいかったです。
そんなわんぱくだった子供達も高学年になるにつれて、
背も大きくなり練習や試合を見ていても、
技術や運動能力も上達しているのが目に見えるように判り、
そして何よりも嬉しかったのは、皆精神的に成長している事でした。
千葉の実家から三輪小へ練習に来るのは決して楽ではありませんでしたが、
何かコーチというよりも自分の子供の成長を見に来ているような感覚でした。

でも10年というのは早いもので、
この間、OB会の翌日久しぶりに練習に行った時ですが、
「知らないコーチがいるな。」と思ったら、K・S・Cが出来た頃の子が大学生になっており、
コーチとしてグランドに立っていました。本当に嬉しかったです。
そんな子供達がどんどん続けばなぁと。
最後になりましたが、今までK・S・Cを支えて下さったご父兄の皆様、本当にご苦労様でした。
そしてこれからも宜しくお願い致します。


■サッカーを通じて
『人を育てる』ということ~K・S・Cコーチ経験を振りかえって~
曽根原 幹人

私がK・S・Cのコーチを始めたのは、今から約8年前(1993年)である。
当時専修大学のサッカー愛好会に所属しており、その先輩からの紹介だった。

以前から自分でプレーするだけでなく、
スポーツに関係したアルバイトや少年サッカーの指導などをやりたいと考えていた事もあり、
その話が来た時にはチャンスだと思いその場で直ぐにOKした。だが・・・
始めた当初はコーチの数も少なく、
またチームも弱く、決して順調に活動しているチームとは思えない状況であった。

当時の代表の上西さんは、何とかチームの運営を安定させたいと必死に行動し、皆に訴えていた。
私のコーチ初日に上西さんは、「曽根原コーチは子供達の為にずっと続けてくれますよね。

すぐやめたりしませんよね。」と私に話した。私は何の事か良くわからなかったが、
当時のチーム状態(特にコーチの量と質)がとても不安定だった事だけは私にも良くわかった。
とんでもない所に来てしまったのかも、と一瞬感じたものだった。そんなコーチ活動のスタートだった。
私自身は、小学5年よりサッカーを始め、中学・高校と真剣にこのスポーツに取り組んだ。

その間、キーパー以外殆んどのポジションを体験した事もあり、
この競技に関しては、一通りの事は理解していたつもりでいたが、
こと「人に教える・人を育てる」となるとどうして良いのか全くわからなかった。

そんな私に任された役割は大きかった。
当時4年生のコーチは不在で、
長澤コーチに「このチーム(4年生)を何とか一人前のチームにして欲しい。」という要請を受け、
私は必死に子供達の技術向上とチーム作りに取り組んだ。

元気いっぱいの子供達だったが、練習をしてもとても「サッカー」という技術からは、程遠く、
対外試合でなかなか一勝できなかった。私は、この学年に少々苛立ちながらも、
この状態を何とか打破したいと四苦八苦していた。

そんなコーチ素人の私を上西さんを始めご父兄の皆さんがいろいろと支援して下さり、
中途半端にこの活動は出来ない、真剣に子供達と接しようと決意した。

私はK・S・Cで主に高学年のチーム担当で、長澤コーチとペアを組んで指導にあたった。
長澤コーチがチーム全体の統括と攻撃面の指導、私は基本技術と守備面の指導をし、
バランスの良いチーム作りを目指した。当たり前の話だが、6年生は毎年入れ替わる。

人数的に余裕のあるチーム・そうでないチーム、技術・能力レベルの高いチーム・そうでないチームと、
いろんな学年があったが、チーム状況・個々の子供の習熟度に合わせて二人で熱心に指導し、
指導方法についてじっくり議論を重ねながら子供達と共にコーチも育ってきたと感じます。
私は『少年時代にサッカーを学ぶ事』には非常に有意義で、大変よい効果があると考える。

それは主に、次の三点である。

①「団体競技」・・・多くの他人と同じ目的を持って役割を分担して取り組む。
その中でチームワーク意識・人間関係構築力などが養われる。

②「足で行うスポーツ」・・・手を使う競技と違い、未経験者・初心者が力を発揮しにくい競技。
従って、熟練者(=人より沢山練習し技術を高めた者)が成功する
(良いプレーが出来る、試合に勝つ)競技である。
成長のステップに合わせ、繰り返し基本練習をし、
多くの試合経験を積む事が成長の王道である事を体験できる。
また、苦労・努力の末に成功があり、困難な状況を乗り越える事を理解するのに、最適である。

③「ルールが少ない」・・・ゲームメイクには創造力が求められる。

自由な発想でフレキシブルに行動し試合を楽しむスポーツであるので、
子供達の創造性開発に効果的(ただ、日本の従来の指導法では困難であるが)。

従って、成長期にこのスポーツを選んだ皆は大変幸せではないだろうか。大きな怪我をしたり、
大きな試合で運悪く負けてしまったり、コーチに叱られたり・・・
なかなか思う通りには行かないだろうが、
いろんな場面で学んだ事が生きてくる(生きてくる)事と思う。

子供達は、色々な理由でチームに入ってくる(サッカーが目的の子もそうでない子もいる)し、
私や他のコーチの生活環境(住まい・就職・結婚・・・)などもだんだんと変化していくが、
子供達を取り巻く指導関係者(コーチ・父兄等)として重要な事は、
「子供の精神的成長を第一に考えた環境・場つくり」だと思う。

その上で、「困難な状況を乗り越える事を経験させる(成功・失敗体験を数多く積ませる)」
「目標に向かって取り組む姿勢を教える」「基本の徹底習慣の大切さを理解させる」
「勝負へのこだわりをもたせる」「個々の能力・レベルにあった指導・支援を心掛ける」等、

押さえるべきポイントを明確にし、
それを共有し、これからも子供達の将来に役立つサッカークラブでありたいと思う。
最後に、チームを引っ張ってきた喜田コーチ・長澤コーチを始め、
現役コーチ・父兄の皆様に感謝を申し上げたい。



■コーチになって思う事 阪井 伸行

私がK・S・Cのコーチをやるようになってから、もう3年半がたちました。

いきなりコーチとして小学生に指導するという事は、
簡単そうでとても難しい事でした。
当初、自分が思っている事が理解されず悩みました。
喜田コーチや長澤コーチに教えて頂きながら、
時には練習方法や子供達に対して話をしている内容などを盗みながら、
少しずつ吸収して皆と共に成長していけたと思います。

そんな私が初めて学年担当になったのが、11年度の卒業生でした。
その学年が六年生を迎える時に、自分は就職活動真っ最中。
でも週末に練習や試合を一緒にやっていると、忙しい毎日の中でしたが、
自分にとっては本当に大事な時間となっていました。

私がコーチをしていて思うことは、「子供は素直だなぁ。そして残酷だなぁ。」と言う事です。
思った事は直ぐ口にだしてしまうし、やりたくない人は、練習をやらなくなってしまいます。

こういった事は仕方がないと思うのですが、
それでも卒業生や現役の子供達には、判ってもらいたいのです。
それは、相手の立場になって物事を考えると言う事。

サッカーに関して言えば、上手な人は上手くなるまでの過程があったので、
あまり上手ではない人の気持ちを判るはずです。

あまり上手でない人は、上手な人の気持ちは、なかなか判らないかもしれませんが、
「なぜ、上手になってきたのか?」を考えてほしいと思うのです。

サッカーだけではなく、他方面でも相手を批難するだけにとどまらず、
自分の事も考えて行動してほしいです。

成長するに従って判ってくる事だとは思いますので期待しています。
と、いってもこのように偉そうに語っている私も、時々忘れてしまいますが・・・
最後に、ご父兄の方の熱心さは常日頃から感じ、
感謝しなければいけない事だと思っています。

 「おれも、小学生に戻りたい。皆のような環境の中で、サッカーをしたい。」


■遠藤 真

まず、私がサッカーのコーチをやってみようと思った一番の理由は、
子供が好きだったからという単純なものでした。

しかし、好きなだけではうまくいかないことが判り、
最初のころは「やっぱり無理かな?」と、考えた事もありました。

そんな中でも子供たちの名前と顔を徐々に覚え始め、
少しずつでも「頑張ろう」と思うようになりました。

本来コーチは、教える立場にあるという考えがありましたが、
実際のところ子供達をはじめ、
父兄の方々から教えられる事というものは想像以上に沢山ありました。

私自身、今まで殆んど同年代の人としか話す機会が無かったのですが、
コーチという重要な役割で大きな経験をさせていただいたおかげで、
今は子供達やご父兄の方との会話を通じて、
人それぞれの考え方や意見を聞くことが出来、
自分にとってとても勉強になっています。

今1・2年生の担当をしておりとても大変ですが、
最近では、練習試合で負けてしまった時に、
「くやしい。次にやる時は勝つぞ。」という向上心が強くなってきて、
好き勝手な遊びを始める事も少なくなりました。

このように身体の成長だけでなく、心の成長がすぐ見えるので、
私自身もそれに応えようと努力しなければいけないと思っています。
 

■高島 強志

私が、柿の実SC(現K・S・C)のコーチをする事になったきっかけは、
細越君の「ツヨポンさぁ。一緒にサッカーのコーチやってみない?」の一言でした。

コーチを始めた頃は、右も左も判らないどころか子供達は言う事を聞かず、
休日に友達とは遊びにも行けず、結構大変でした。

結果、友達からの誘いは殆んどなくなりました。

しかし今の私にとって一番の楽しみは、子供達に会う事。
K・S・Cのコーチになるまで、子供と一緒になってグランドをかけまわり、
お弁当を一緒にたべ、合宿で風呂に入る事などは考えられないことでした。

練習日がとても待ち遠しく、こんな気持ちにさせてくれた子供達に感謝しています。
このような貴重な経験は、コーチになっていなかったら味わう事もなく、
ただ普通の学生生活を送っていたに違いありません。

私自身、先輩コーチ・子供達・そしてご父兄の皆様のおかげでいろいろな事を学び、
成長出来た事に感謝しています。

サッカーのコーチとしてより一層精進したいと思っています。
子供達が、K・S・Cを卒業しても私の事を覚えていてくれるように、
また、将来学んだ事が生かされるように・・・。


■細越 健太郎

K・S・Cのコーチになって、早いもので3年以上が経ちました。

20年生きてきて、これ程人に教える事の難しさを痛感した事は、ありません。
サッカーのコーチはとても新鮮です。

始めの頃は無邪気な子供達に戸惑い、
先輩コーチの教えを見よう見真似で指導していたように思います。

近頃では、それぞれの子供の性格が判るようになり、
また子供達も私に素直に接してくれるようになってきました。

そんな子供達に自分なりに自分にしか出来ない指導をするようになってきました。
4月からは、4年の担当コーチになりました。

残念ながらこの学年は、1チーム組める程の人数はいません。
試合によっては3年・5年と組んでの出場になります。
3年と組む時は先輩としての自覚を持ち、5年と組む時は、先輩に挑んで行きます。
練習では、個々が切磋琢磨している姿が見られます。

しかし、第一に基本的な技術が不足していますので、毎日ボールに触りましょう。

週一度の練習なのでボールに触れる時間も足りませんが、
これからも子供達と一緒にサッカーを楽しみ、共に成長していきたいです。
     

■久保田 博貴

 K・S・C創立10周年、本当におめでとうございます。

喜田コーチ・長澤コーチ・他先輩コーチ・ご父兄の皆様の努力があり、
10周年を迎えられたと思います。

私自身、K・S・Cのコーチになって早いもので2年半が経ちました。

初めてコーチとしてグランドに立った時、
何をしていいのか判らなかった事を思い出します。

「教える」と言う立場が初めての経験でしたので、
どのようにすれば子供達が理解をしてくれるのか等、難しい事の連続でした。

サッカーのコーチとなり、
子供達・先輩コーチ・ご父兄の方々と接することによって、
私自身の勉強になり未熟ではありますが、
ひとまわりもふたまわりも成長出来たと思います。

これからは、サッカーを教えるだけでなく子供達とコミュニケーションをとりながら、
「サッカーが大好き」と言ってくれるように手助けが出来たらと思っています。

今の5年生。僕は、君達を四年生の頃から見ているけど、すごく成長しているよ。
これからも、もっとサッカーを好きになって、楽しい思い出を一杯作ろう。

最後に、K・S・Cのコーチになれ、君達に出会えた事、本当に嬉しく思っています。
これからも頑張りますので、宜しくお願いします。
 

■青木 千成

K・S・C創立十周年本当におめでとうございます。

K・S・Cのコーチになってから、かれこれ4年が経ちました。

1年目は、殆んどコーチとしての活動をせず、2年目からやっと、本格的にコーチ業を再開。
6年担当のコーチ補佐になりました。

この頃は、毎週のように練習にきて子供達と仲良くでき、
とても有意義な時間を過ごさせて頂き、感謝しています。

3年目は、自分の都合で勝手に行かなくなり、子供達には迷惑をかけてしまい、
今年は、心を入れ替えて六年生を教えています。

「人に物を教える」という事は、とても難しく奥が深いものだと思いますが、
子供は大人と違って、とても素直なので教えていてとても勉強になります。
又、ご父兄の方とも接する事でも自分にプラスになっています。

継続する事は、とても大変で苦労が絶えないのですが、
(僕自身も)問題が出る度に皆で考え乗り越えていけば、必ず答はでるはず。
これからも好きな事は続けて頑張って下さい。

今まで何かしらにたずさわった方々。
これからも今まで以上に温かい目で、K・S・Cの応援を宜しくお願いします。
私も、このチームのコーチになり続けてこられた事に感謝感激です。


■小野寺 貴宣

ふとしたきっかけで、自分が卒業したチームのコーチになり、
自分の後輩である子供達にサッカーを教えていると、
10年前の自分達にサッカーを教えているような気がします。

例えば、試合会場で追いかけっこして遊んだり、
集合している時に砂いじりをしたり、コーチの言うことをまったく聞かなかったり。

僕はまだコーチとなって1年目ですが、
おそらくずっとK・S・Cはこんな感じだったのではないかと思います。

しかもこういうところは、上の年代から受け継がれるものだと思うと恥ずかしい。
でもその半面、嬉しさもあります。練習中に「自分も昔こうだったなぁ。」
と思う事が度々あり、叱る事がなかなか出来ません。

OBでありコーチとなった今、「コーチだからチームを強くしたい。」
と言う欲はもちろんありますが、やはり「自分が育ったチームだから強くしたい。」
と言う気持ちのほうが、強いかもしれません。

ところで、K・S・Cのコーチではなく一期生としてOBとなった人や、
これからOBになる子供達に一言言いたいです。

まず、自分がK・S・Cに居た事を忘れないで下さい。

そして卒業してからまたここに戻ってきて、
コーチとして今度は自分達の後輩にあたる子供達にサッカーを教える番になって欲しいものです。

後にK・S・Cが名門と言われるぐらいの
チームになれるよう僕達O・Bが支援できれば素晴らしいなぁと思います。

最後に、この10年間K・S・Cを支え続けている
喜田コーチ・長澤コーチをはじめ先輩コーチの方に心から感謝の気持ちでいっぱいです。



■これからのK・S・Cに願う事 喜田 克哉

まず始めに十周年記念おめでとうございます。

誰に対して言っているのかと言うと、
私も含めこのサッカークラブに何らかの形で支援を頂いた人全てに対してです。

そして、その全ての人にお礼を言いたいと思います。二人の大学生が先の事もよく考えず、
一種のノリでスタートしたサッカークラブが十年間も続き、多少の問題を抱えながらも、
しっかり堂々と11年目のスタートラインに立っています。

おまけにこのような記念誌も作り、
昔なつかしい選手や父兄とも話しをする機会を設定して頂き、
本当にありがとうございました。

さて、他のコーチが思い出を綴っていますが、
私は21世紀に向けてチームの方向性を改めてお話ししたいと思います。簡単に言うと、
「どんなサッカークラブなの?」と言う事です。

まず、サポート役であるコーチについてです。

社会人と大学生からなるコーチ陣です。が、遠方のコーチも含めると12名程になります。
サッカーの経歴も色々で中には、輝かし経歴をもった私からみても憧れるコーチもいます。
なので、戦術や選手の起用についてはある程度それぞれのコーチに任せています。

楽しく・仲良くをモットーにしているサッカークラブは数多くあるとおもいますが、
それだけでは終わりたくはありません。一応サッカークラブなので、
指導者としての態度・練習メニューの組み立て・試合の分析力等、
対戦したチームにK・S・Cより勝れているものがあれば、
素直に認めてその瞬間からレベルアップをしてもらいたいと思います。

次に大事な事は、「誰に対して指導しているか?」
と言う認識を絶えず持ち続けると言う事です。

これに関しては、サッカーとは別のものと考えて下さい。
小学校一年生から六年生というとても成長する過程で、
大事な時期を共にしている事を忘れないで下さい。

よくありがちな例えを挙げると、サッカーを指導する技術・能力を持っていながら、
子供からの信頼感・安心感が殆んど無い指導者。
サッカーが上手い子供だけに興味がいってしまう指導者。

少し経験を積んでくる指導者にみられがちなのが、
何でも子供の思っている事が自分には何でも理解できていると過信してしまう指導者。

更に熟練になると、子供の指導という基本的なものが薄れてしまい、細かい事は他人任せ。
勝敗や結果にだけ関心がいってしまう指導者。(私が一番近い?ポジションです)理想のコーチ像は未だに描けませんが、
常に子供を見ていれば、そのうちに見えて来るのではないでしょうか?

判っている事は「最後のゴールは無い」という事です。

二番目のサポーターとして、ご父兄の登場です。

ここで細かい事を言うと、家庭内の問題に触れてしまうので、さっと流して下さい。

まず、自分の子供とサッカーの位置付けを一度確認して下さい。
単に、「サッカーが上手くなってもらいたい」・「丈夫な身体をつくって欲しい」・
「友達を沢山つくってもらいたい」・「将来Jリーグの選手になって欲しい」等、
それぞれの思いはある事でしょう。私は、それは自由だと思います。

親の「何々してもらいたい。して欲しい。」という思いが、
子供が感じている以上に上回ってくると、
子供にとってあまり良い結果は生まれてこないでしょう。

本来であれば、子供の成長にあったレベルでサポートしていく立場のはずが、
いつのまにか自分のレベルで判断している時程、本人は悩み・不安になり、
自信をもった行動がとれなくなると思うのです。

ただ、これだけは言い続けてもらいたい事があるのです。

サッカーがあった日は、子供と会話をして下さい。

何があって、どんな一日だったのか?そして最後に、
どのくらい頑張れたのかを確認して下さい。「どれくらい頑張ったの?」
と質問してしまうと、気を使う子は良い返事だけをします。
そうすると、本当の部分が見えなくなってきます。

もし、頑張れなかった様子なら次回頑張るように応援して下さい。

次回良い結果を出すのと、頑張れるのは、全く意味が異なってきます。
でも、何回か頑張っているとたまには良い結果が出るものです。

最後に主役の選手に向けてです。

まずは、現役の君達。一年生から六年生までいるので、あまり難しい言葉は使いません。
しかし、とても大切な事です。まず、挨拶をして下さい。

グランドに入ったら、チームのコーチ・選手・お当番のお母さんにきちんと挨拶をしましょう。

グランドを出る時、たまにお菓子を頂いた時、
父兄の車に乗せて頂いた時等・・・案外大人になって挨拶出来ないと困る事、沢山あります。

あともう一つ、コーチ達と色々おしゃべりをして下さい。どんな話題でもいいです。

結構コーチは嬉しいのです。年に一度、年賀状も書いてみては?
担当コーチは、喜んで返事を書くと思います。

次に、OBの君達です。少し頭も良くなってと思うので、奥の深い話をします。
これからする話しは何年かに一度しているので、覚えている人がいるはずです。
「強く優しく」の話をします。大概にして、どんな世界でも強い者と弱い者が共存します。
学校でも部活でも・・・。サッカーも例外ではありません。

少し上手くなると上のレベルを目指します。その時によくあるのが、
下のレベルへの理解が無くなるのです。

自分より下の者・弱い者には、全く関心がありません。そればかりか馬鹿にして笑います。
何でこうなってしまうのでしょうか?心が狭い気がします。何が足りないのでしょうか?
そう、「優しさ」です。コーチに猛烈に怒られた事のある人は思い出して下さい。

能力はあるのになめて練習していた時や点が入った瞬間に皆で一人を責めた時等、
私がどれくらい悲しい気持ちになったことか・・・。本当の強さを身に付けて下さい。

では、それとは反対に何の意見も言わず、
口ごたえもせずに皆の後をついていけばいいのでしょうか?
自分からは危害を加えないで、一見優しい子に見られがちですが、
何か物足りない気がしませんか?自分の判断で行動する日はすぐそこまで来ています。

多少間違っていても、自分の意見ぐらいは、人に話せる度胸をつけて下さい。
そうです。そこで、「強さ」が必要になってくるのです。

いじめられた時にただ最初から最後まで慰めなかったのは、強さをもって欲しかったからです。
ここでの「強く優しく」は、色々な意味を持ち、色々な場面で遭遇するはずです。
君達が過ごした柿の実サッカークラブでも必ずこれに似た場面を、
一人一人が体験していると思っています。

私が十年間続けてきた理由の一つにこの「強く優しく」を君達に伝えたかったと言うのがあります。

君達が大人になって、また大人になる前に重大な問題が大きく立ちはだかった時、
まず強さと優しさを精一杯使い、乗り越えてもらいたいです。君達は一人ではないし、
大勢のサポーターをこの柿の実サッカークラブで作る事ができました。その中に私も入っています。

当然困った事があったら、サポーターの手を借り、
困っている人がいたら、サポーターになってあげて下さい。
私は君達だったらそれが出来ると信じています。

「本当に皆さんのおかげでここまでやってくる事が出来ました。
これからも頑張りますので、暖かい目で見守って下さい。」


新しいホームページ

記事一覧

日付 カテゴリ 記事
2013/07/21 記事 6年生練習試合 VS ゆりのき

携帯サイトのページ


PC版と同じURLです
URLをメールで送る